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スワ関連記事(9月2日)☆[2010年09月02日(木) ]

★本日、スワローズの試合はありません。

◆『季刊Baseball Times』(1日発売)に増渕投手が登場!
2010年9月1日

★『季刊Baseball Times 2010秋号』
発売日:9月1日(水)
内容:増渕選手のインタビュー「真っ向勝負」飛躍の4年目を迎えている現在のことや、同様に活躍する同世代のライバルたちについて

◆ファーム交流戦の開催について

戸田球場にて、北信越BCリーグ・群馬ダイヤモンドペガサスとの交流戦を開催します。
※群馬ダイヤモンドペガサスは、元スワローズの秦真司監督が率いています。

【交流戦】
9月14日(火)東京ヤクルト-群馬ダイヤモンドペガサス(戸田)13:00


★★★選手コメント★★★
スワローズ・ホームページより)

★宮本選手の2適時打で同点に追いつき、延長12回引き分け

★打線は13安打。宮本選手が6打数3安打2打点、相川選手が6打数3安打1打点とそれぞれ猛打賞、青木選手が5打数2安打と活躍しました。

★選手コメント
■小川監督代行
「長い試合でしたね。1点が取れなかった。ミス(併殺打コースで一塁送球エラー)で失点してしまった。でもよく引き分けた。投手陣がよく投げてくれた。勝ちに等しいのではないでしょうか。勝てたという気持ちがありますが。(石川投手は)よくしのいだと思う。(宮本選手の2適時打について)どんな形であれ、打点はチームに貢献しているということ。いい仕事をしてくれました」
■地元・富山で12回裏からサードの守りについた荒木選手
「スタンドからの大きな歓声は嬉しかったです。出場時間は短かったけど、今後の励みになると思います」
■6回3失点でリードを許して降板するも自身8連勝は更新中の石川投手
「負けなかったのはよかったです」


★★★スワ関連Web記事★★★

ヤクルト荒木コーチ「意欲があったが それはさすがに…」
スポニチアネックス - 2010/9/2 7:01

 8回に宮本の適時打で追いついて延長戦に持ち込んだだけに、小川監督代行は「勝てたという思いもあるが、勝ちに等しい。リリーフ陣がよく投げてくれた」と選手をねぎらった。2番手の押本から7番手の松井光までの救援陣が7回以降は1安打無失点と踏ん張った。荒木投手コーチは「林昌勇は3イニングいくと言うくらい意欲があったが、それはさすがに(止めた)」と話していた。

 ▼ヤクルト・荒木(故郷の富山県で延長12回の守備に出場)うれしかったですが、(守備機会がなく)何とも言えないです。

★小川監督代行、苦笑い「1点が遠いね」…ヤクルト
スポーツ報知 9月2日(木)8時0分配信

 ◆巨人3―3ヤクルト=延長12回=(1日・富山) 小川監督代行は、苦笑いを浮かべながらベンチ裏に現れた。延長12回、今季チーム最長の4時間56分の激闘の末にドロー。「1点が遠いね…」。ただ、巨人の攻撃も最後まで抑え切った。「負けても仕方ない展開。勝ちに等しいと僕は思います」と、ナインの戦いぶりをねぎらった。

 重苦しいゲームだった。8回1死二、三塁、9回1死一、三塁、10回2死満塁。終盤立て続けの好機を生かせず15残塁。5回には重盗を仕掛けるなど積極的に動いたが、あと1本が出なかった。「重盗? 点に結びつけば勢いが出るんだけどね」。それでも、相手ミスにつけこんで2点差を追いつく粘り腰を見せた。

 救援陣の踏ん張りも光った。6回以降は2安打無失点。石川以降につぎ込んだ6投手が、すべて最高級の仕事を見せた。「投手陣がよく投げてくれた」と小川代行。疲労感よりもむしろ充実感を漂わせて、帰りのバスに乗り込んだ。

★“因縁の対決”は伊藤智逃げた「また打たれたら一生立ち直れない」
夕刊フジ 9月1日(水)16時56分配信

 ヤクルトは再び勝率を5割に戻し、月間首位の18勝8敗で8月を終えた。

 巨人と北陸シリーズを戦うのは93年以来17年ぶり。1993年は6月8日に富山で古田への死球などを巡って大乱闘。翌9日の金沢ではルーキーだった伊藤智仁投手(現投手コーチ)が、当時日本タイ記録だった16奪三振を奪った直後に巨人・篠塚(現打撃コーチ)にサヨナラ弾を浴び、0−1で敗れる衝撃の幕切れとなった。

 それ以来の対戦で、せっかく両者がコーチとして在籍しているのだから、始球式で対決すれば盛り上がったはずだが、伊藤コーチは「また打たれたら一生立ち直れないから嫌だ」と拒否。飯田外野守備走塁コーチは「(伊藤コーチが)ここにグラブを叩きつけたんだよ」とベンチ横のフェンスを指差すなど、当時を知る関係者は大いに盛り上がった。

 17年前は味方の援護がなく敗れたが、この日は12点で爆勝。伊藤コーチは“オレのときに打ってくれよ”の思いだった!?

ヤクルト、価値ある引き分け=プロ野球
(2010/09/02-00:15) 時事ドットコム

 ヤクルトは粘って引き分けに持ち込んだ。四回は相川、八回は宮本が同点打。ベテランの勝負強さで2度追いつき、七回以降は6人の救援陣が無失点でつないだ。今季チーム最長となる4時間56分の戦いを終え、小川監督代行は「よく引き分けたし、投手陣はよく失点しなかった」。自身9連勝はお預けとなった石川も、「負けなくてよかった」と割り切っていた。

ヤクルト・小川監督代行、ミス悔やむ
サンケイスポーツ 9月2日(木)7時52分配信

 (セ・リーグ、巨人3−3ヤクルト=延長十二回引き分け、19回戦、9勝9敗1分け、1日、冨山)悔いの残る引き分けだ。今季のチーム最長4時間56分の死闘に、ヤクルト・小川監督代行は疲れ切った表情をみせた。

 「長い試合でしたね。1点がとれなかった。ピッチャー陣が、よく投げてくれたのは良かった」

 1997年以来の巨人戦6連勝を狙ったが、あと1本が出なかった。同点の九回一死一、三塁ではホワイトセルが空振り三振、福地が投ゴロ。十回二死満塁では、田中が三直に倒れた。

 五回には併殺を焦った川端の一塁悪送球が2失点につながり、指揮官は「あのミスがなければ」と悔やんだ。勝率5割は守ったが、3位中日とは5ゲーム差に広がった。

 ベンチ入り24人中、出場しなかったのは投手の橋本、捕手の川本だけという総力戦。9月に入ったとはいえ、午後7時の富山市内の気温は29・5度、湿度は83%。“不快指数”の高い引き分けだった。

★燕・石川6回3失点、9連勝はお預け
サンケイスポーツ 9月2日(木)7時51分配信

 (セ・リーグ、巨人3−3ヤクルト=延長十二回引き分け、19回戦、9勝9敗1分け、1日、冨山)自身8連勝中のヤクルト・石川が6回8安打3失点。1958、59年(当時は国鉄)の金田正一氏に並ぶ、球団タイ記録のシーズン9連勝はお預けとなった。1−1の五回に失策も絡んで2失点。「1球1球、丁寧に投げることができたけど、二死からの失点は防がないといけなかった。チームが負けなかったことは良かった」と必死に前を向いていた。

★【ヤクルト】ルーキー荒木が感激の凱旋
[2010年9月1日17時23分] 日刊スポーツ

 ヤクルトのルーキー荒木貴裕内野手(23)が1日、地元富山に凱旋(がいせん)した。中学時代まで過ごした故郷での巨人戦。試合前には地元テレビ局の取材にも応じ、ファンとして観戦に来ていたアルペンスタジアムのバックスクリーンを背に「選手として来ることができてよかった。一生懸命、頑張りたい。地元のみなさんの力を借りて1軍に定着したい」と意気込んでいた。

(いずれも敬称略)
By:ロン☆

Posted by ロン☆ at 09:36 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

☆コラム☆燕軍戦記2010☆[2010年09月01日(水) ]

◆スホーツナビ コラム
文:菊田康彦

◆ 選手一丸のヤクルト、奇跡の“メイクミルミル”へ (1/2)
〜燕軍戦記2010〜Vol.5
2010年9月1日(水)

■チームを変えたホワイトセルの加入

 これほどまでの巻き返しを誰が予想しただろうか。5月には悪夢の9連敗を喫して高田繁監督が休養に追い込まれ、6月7日の時点で今季最多の借金19を抱えていた東京ヤクルト。ところが、小川淳司監督代行の下で6月は14勝8敗と勝ち越すと、7月も11勝8敗と着実に借金を返済。8月に入って8年ぶりの10連勝を記録し、24日の横浜戦に勝ってついに借金を完済してしまった。シーズン中に19以上の借金をすべて返すのは、プロ野球史上でもわずか3球団目。1966年の阪神以来、44年ぶりの快挙となった。

 5月は月間3勝16敗1分けと泥沼状態だった東京ヤクルトに何が起こったのか。最も大きく変わったのは打線だ。高田監督休養時点でのチーム打率2割3分6厘、1試合平均得点3.1はいずれも両リーグワーストだったが、その後の70試合では打率2割9分0厘、得点は5.4まで上昇。その要因として多くが口をそろえるのは、6月に来日した新外国人ホワイトセルの存在だ。

■未来の救世主育てた92年のMVP

 ガイエル、デントナの両外国人が極度の不振に陥り、4番打者不在となったチームにあって、ホワイトセルの加入はそれほどまでに大きなものだった。ここまで47試合の出場で打率3割4分6厘、13本塁打、42打点。出塁率は4割5分を超え、得点圏打率3割9分3厘と勝負強さも存分に発揮している。「ランナーをためれば返してくれる」という4番への信頼感から、打線全体に「つなぐ」意識が生まれ、粘りも出るようになっていった。

 そのホワイトセルが昨年まで在籍した米大リーグのダイヤモンドバックスで打撃コーチだったのが、かつてヤクルトでもプレーしたジャック・ハウエル。92年に首位打者と本塁打王の二冠を獲得し、リーグMVPに輝く活躍でチーム14年ぶりのリーグ優勝に貢献した“助っ人”だ。そのハウエルに、ホワイトセルは「打席でのアプローチや球の待ち方を教わった」のだという。図らずしてかつての助っ人が、未来の“救世主”を育てていたことになる。

■青木は白バットに変えて首位打者争いに名乗り

 ハウエルがホワイトセルの“師匠”なら、そのハウエルの日本での師匠に当たるのが伊勢孝夫コーチである。前述の92年、ヤクルトの1軍打撃コーチとして前半戦わずか8本塁打と苦しんでいたハウエルに立ち直りのヒントを与えた伊勢コーチは、今季途中からバッティングアドバイザーとして15年ぶりに古巣へ復帰(8月から巡回打撃コーチ)。ここ数年失われていたID野球の極意である狙い球の絞り方を、現在のツバメ戦士たちに伝授している。初の2ケタ本塁打を達成した畠山和洋も「狙い球が絞れて、思い切りよくいけている」と話すなど、その頭脳が打力アップに与えた影響は大きい。

 4番にホワイトセルが固定されたことで、それまで流動的だったほかの打順もある程度固まるようになった。精彩を欠いていた青木宣親も、5月の終わりから不動の1番に定着して復調。ほぼ時を同じくして、愛用の黒バットを「自分のスイングの軌道が見えづらい」との理由から白に変えたのも功を奏した。6月は月間打率3割7分5厘、7月は同4割1分3厘と打ちまくり、気がつけば首位打者争いに名乗りを上げていた。

■投手陣に刺激与えた石川の奮投

 快進撃を支えているのは何も打線だけではない。投手陣では開幕6連敗を喫したエース・石川雅規が驚異的な復活劇を見せ、8月25日にはチーム一番乗りで10勝に到達。選手会長でもある石川はチームがどん底の時期に何もできなかったというが、「この苦境を乗り越えれば、人間としても野球選手としてもさらに成長できる」と信じて前向きに取り組んできたその姿勢は、確実に若い先発陣に刺激を与えた。8月31日の巨人戦で石川と並ぶ10勝目を挙げた5年目の左腕・村中恭兵の「石川さんの頑張っている姿勢や、なかなか勝てなくても明るく振る舞っている姿を見たら、僕らもやらなくちゃいけないと思った」との言葉が、何よりの証明だ。

 さらに右足薬指の疲労骨折から復帰した昨年のリーグ最多勝右腕、館山昌平は、チームでは93年の伊藤智仁(現・投手コーチ)以来の2試合連続完封をマークし、8月は4戦全勝。3年目の由規は8月5日の中日戦でプロ初完封を記録し、同26日の横浜戦では敗れはしたものの日本人最速の161キロを計時するなど、先発4本柱で8月は14勝1敗という圧倒的な成績を残した。

■「優勝を狙う」決意みなぎらせる青木

 だが、何よりも大きかったのは、小川監督代行の「みんなで同じ方向を向いて頑張っていこう」という就任時の呼び掛けに選手が応え、モチベーションを失わずに戦ってきたことだ。「チーム状態もチーム状態だったんで、みんながバラバラな方向を向いてはいけないと思った」と振り返る小川監督代行は、その後も折に触れて同様の呼び掛けを行い、目の前の1試合1試合を戦っていこうと説いているという。
 19もの借金を返済したのは確かにすごいことだが、それがゴールではない。3位・中日とは4.5、首位・阪神までは7というゲーム差に、選手たちはさらなる“奇跡”を見据えている。8月27日からの阪神との3連戦に負け越し、再び借金1となった直後、青木は決意をみなぎらせた。
「(上位との)ゲーム差を考えると、ここでなんとか踏ん張らないといけない。今まで通りという時期はもう終わったんで、これからは今まで以上にやらないと。3位じゃなくて優勝を狙っているんで」

 ツイッターやミクシーなどのソーシャルコミュニティーサイトでは、クライマックスシリーズ進出を願う東京ヤクルトファンの間で「メイクミルミル」という造語が流行しているというが、選手が考える「メイクミルミル」はこれぞ奇跡の大逆転優勝だ。88年に近鉄の選手として、終盤の怒とうの追い上げで逆転Vまであと一歩と迫った経験を持つ淡口憲治打撃コーチは、当時と比べ「今のヤクルトの方が勢いがあるんじゃないかな」とその勢いに太鼓判を押す。8月は終わりを告げたが、本当に熱い戦いはこれから始まる。

※文中の記録はすべて8月31日終了時点

(いずれも敬称略)
by:ロン☆

Posted by ロン☆ at 13:00 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

スワ関連記事(9月1日)☆[2010年09月01日(水) ]

★★★Yahoo!先発予想★★★

★18時試合開始・・富山
ヤクルト・・石川 雅規
★巨  人・・藤井 秀悟

◆出場選手登録異動公示
2010年8月31日

【登録】
李恵踐投手

◆9月のバースデーメール受け付け中

9月のバースデーメールを受付中です。
■バースデーメール送信フォーム
○PCサイト:ファンコミュニティ>ファンメール>バースデーメールを送る
○携帯サイト:(選手情報>ファンメール>)“スワラジ2010”投稿BOX>バースデーメッセージBOX
=9月生まれ=
【21】山本  哲哉投手             1985年9月4日
【17】川島  亮  投手           1981年 9月 9日
【33】畠山  和洋 内野手          1982年 9月13日
【61】石井  弘寿 投手          1977年 9月14日
【58】高木  啓充 投手           1983年 9月16日
【34】八木  亮祐 投手           1990年 9月29日


★★★選手コメント★★★
スワローズ・ホームページより)

★打線が18安打12得点! 村中投手が初の二ケタ10勝目獲得!!

★打線は18安打。相川選手、川端選手がそれぞれ5打数3安打3打点、青木選手が5打数3安打1打点、飯原選手が6打数3安打と4選手が猛打賞、ホワイトセル選手が5打数2安打2打点、畠山選手が4打数2安打と活躍しました。

★ヒーローインタビュー
■3打席連続タイムリーの3安打3打点と活躍した相川選手
「最大10点差あったけど、自分の中では勝って締めくくろうと思ってたけど、じわりじわりとこういう展開になって、こうなったらこうしようとか、ずっと計算しながら守ってました。やっぱり巨人打線はすごいなと。今日は考えすぎたという感じです。(序盤の大量得点)それがなかったらどっちに転ぶか分からなかった。自分でもこの点差で負けてしまったらという風に思って…。なんとか勝てて本当によかったなと思います。(チームも5割に復帰したが)一戦一戦だけなので。2連戦とか3連戦でなく、1試合をどうやって勝つかだけを考えて、明日、明後日とかでなく、一戦一戦をみんなで戦っていきたい。(8月の貯金10の要因は)一戦一戦やってきた積み重ねがこうなった。毎日毎日必死でやらないと勝てないチームなので、みんなでどうやったら勝てるか考えながら頑張りたい」

★選手コメント
■小川監督代行
「序盤の攻撃は、みんなよく打って、効率よく点をとってくれた。こういう球場なので、ましてや巨人打線だし、4回以降もう1点とれればよかったなと思いました。初回の攻撃で坂本のエラーもあって、その後で川端がゲッツー。あそこでもう1点取れればよかった。でも今のチーム状況を考えたら、みんなが大きい得点、打点だった。(追撃を受け)ここのところピシっと抑えてるゲームがないので村中には期待したんですが、ちょっと大量点の緩みも出てしまったんじゃないかと思います。(二ケタ勝利について)今年は開幕からローテ守って投げてるので、このままの状態をキープして、残り28試合残ってるので、4試合か5試合は投げる機会はあると思いますし、全部勝てるように頑張ってもらいたい。(ジャイアンツと9勝9敗の対戦成績となったことについて)去年、一昨年に比べたら雲泥の差。(チームの勝率5割復帰について)5割とかじゃなく、その場その場、一試合一試合でベストを尽くすだけ。今まで以上に違う意識も出てきて大変になると思うけど、今言ったようなことを心がけて頑張りたい)」
■7回途中12安打7失点ながら自身初の二ケタ10勝目を獲得した村中投手
「(10勝について)支えてくれる人たちが喜んでくれるのが嬉しい。疲れみたいなものはありません。少し甘くなると打たれる。野手の方にもっと信頼されるピッチングをしたい」
■3安打1打点と猛打賞をマークした青木選手
「(東野投手は)いいピッチャーなので、気持ちで負けないように臨みました。連敗しないようにしたい」
■3安打3打点と活躍した川端選手
「最後は粘って粘って打ちました」



★★★スワ関連Web記事★★★

★青木“イチロー超え”4度目月間40安打
9月1日7時0分配信 スポニチアネックス

 【ヤクルト12―8巨人】口火を切ったのは、ヤクルトのリードオフマンの青木だった。初回先頭で外角低めの142キロ直球をはじき返し、一、二塁間を破る。18安打12得点の猛打ショーの扉を開く右前打は通算4度目の月間40安打目。通算3度のイチロー(当時オリックス)、ラミレス(巨人)を超えた。

 「たまたまいいところに行ってくれた。いい投手なので気持ちで負けないようにと思っていた」。4番・ホワイトセルの右前適時打で先制のホームを踏むと、ベンチで「(東野は)きょうは球が来ていない」と仲間に伝達。打線は青木の言葉を受け、東野を1回0/3でKOし、攻略に成功した。

 チームは18勝8敗で月間首位。2ケタ得点を6度マークして打ち勝ってきた。その打線を引っ張るのは、首位打者、出塁率、安打数でタイトル圏内の青木だ。伊勢巡回打撃コーチからはティー打撃時に「おまえはヤクルトの青木じゃない。青木のヤクルトなんやぞ。おまえが引っ張っていかなきゃアカンのや」と繰り返し暗示をかけられ、意識も高まった。30日夜は川本、荒木、川端ら後輩を連れて金沢市内の寿司店で食事。郷土料理「じぶ煮」を食べ、若手と連帯感を深めた。

 チームの連敗は2で止まり、5割復帰を果たした。猛打賞で打率を・350に上げた青木は「最悪でも連敗しないようにしたい。気持ちでやっていくしかない」と気力勝負を強調。次の「イチロー超え」となる2度目の200安打、そして奇跡のCS出場へ死力を尽くす。

ヤクルト・相川、巨人の追い上げに冷や汗「勝てて良かった」
8月31日22時41分配信 スポーツナビ

 東京ヤクルトは31日、石川県の石川県立野球場で行われた巨人戦に12対8と打ち勝った。巨人先発・東野峻の立ち上がりを攻め、3回までに14安打で12対2と大量リードを奪ったが、4回以降は巨人打線の反撃を許した。4回に矢野謙次の2ラン、7回に高橋由伸のタイムリーなどで3失点、さらに8回には小笠原道大のタイムリー二塁打で4点差まで追い上げられた。
 最後は守護神・林昌勇が締めたが、捕手の相川亮二は「この点差で負けたら……なんとか勝てて良かった」と疲れ切った表情。自身3安打3打点の活躍を見せたものの「ジワジワと追い上げられて、途中からずっと得点を計算していた。すごかった」と、強力・巨人打線の猛攻に冷や汗の連続だったことを明かした。
 これで8月は18勝8敗で貯金10と好成績を残したが「一戦一戦積み重ねただけ」とキッパリ。「自分たちは毎日必死にやらなくては勝てないチームなんで」と、クライマックスシリーズ出場へ意気込んだ。

取材協力:野球専門タブロイド紙 Baseball Times Weekly

★巨人戦きょう午後6時 富山市民球場 抽選会やダンスも
(2010年9月1日 読売新聞)

 2年ぶりの巨人戦北陸シリーズとなる「巨人―ヤクルト」が31日、金沢市の石川県立野球場で行われた。坂本選手や小笠原選手ら、あこがれのG戦士の雄姿を間近で見た地元のジャイアンツファンは一球一球に熱狂。巨人は序盤の大量失点が響き、惜しくも敗れたが、客席を埋めた1万人を超すファンは、プロの迫力ある力と力のぶつかり合いに、大きな歓声を上げていた。
 同カードは1日、舞台を富山に移し、午後6時から富山市民球場(富山市下飯野)で行われる。
 グラウンドの見学ツアーや巨人グッズが当たる大抽選会は、午後2時に受け付けを開始。午後3時からは、球場前の特設ステージで、抽選の結果発表やマスコットガール「チームヴィーナス」のダンスがある。
 午後2〜6時には、JR富山駅から臨時バスが運行される。料金は大人が片道540円で、小学生以下は270円。試合終了後も随時、運行する。富山競輪場からは無料の臨時バスもある。

★【MLB】今季絶望ストラスバーグと17年前の伊藤智仁、悪夢の符合
スポルティーバ8月31日(火) 16時 4分配信 / スポーツ - 野球
笹田幸嗣●文 text by Sasada Koji

 全米に衝撃が走った。8月21日、フィラデルフィアでのフィリーズ対ナショナルズ。この日も、ナショナルズ先発のストラスバーグの投球は圧巻だった。強打のフィリーズ打線を相手に最速160キロの直球を中心に5回途中まで2安打1失点、三振も6個を奪っていた。しかし、56球目、異変は突然に起こった。

 5回一死走者なし。145キロのチェンジアップが外角低めに外れた瞬間、彼は右ヒジの内側を左手のグラブでおさえ、苦痛でその顔を歪ませた。右ヒジを2度、3度と振り、痛みを和らげようとしたが、すぐに諦めコーチを呼び、自らマウンドを降りていった。

 その夜、この様子はトップニュースとして、テレビのスポーツニュース番組で全米中に繰り返し、流され続けた。あらゆる角度から映し出された映像を見れば、痛めた部分が右ヒジであることを明白であった。しかし、その3日後……。

 ストラスバーグの故障者リスト入りと同時に発表された診断結果は“strained flexor tendon”、屈筋腱の張りとなった。屈筋腱を調べてみると、手の指を曲げる腱と記され、部位は手の平に位置していた。あの痛々しい映像と屈筋腱の張りでは、どうもイメージが結びつかない。球団は軽症をアピールしたいのか。ナショナルズのお抱え放送局のアナウンサーも「ストラスバーグはちょっとした痛みに敏感に反応しすぎる」と追従し、楽観論に持ち込みたい様子だった。だが、情報は日を追うごと変化を見せた。

 深刻なヒジのケガへと変わったのが25日、そして26日になってようやく真実は明かされた。右ヒジの靭帯断裂で今季絶望、腱の移植手術が必要で復帰には1年半を要する。次第に重傷へと推移していく今回の報道のあり様は、関係者の動揺の大きさを表わしていた。

 さて今回のストラスバーグの故障で、17年前の日本での出来事を思い出した。150キロを超える直球と高速スライダーで三振の山を築いたヤクルトの伊藤智仁である。

 ふたりはルーキーでありながら、鮮烈なデビューを飾った。回転の良い直球は打者の手元でホップし、スライダーはホームプレート付近で、突然鋭く横滑りを見せる。だからバットに当たらない。

 そのふたりがともに持つ最大の長所、それが柔らかいヒジ関節であり、可動域の広さであった。右腕が他の投手より鞭(ムチ)のようにしなるからこそ、生きたボールが生みだされる。しかし、しなり過ぎるために持ち合わせる危険もある。しなりの強度に右ヒジの腱がついていけなくなるのである。まさに諸刃の剣だ。

 くしくも、伊藤智仁は109回を投げた時点で、ストラスバーグはマイナーから通算し108回1/3を投げた時点で右ヒジに異変は起きた。おそらく投球数は完投で150球以上投げた試合が何度もあった伊藤智仁の方が上となるだろう。だから当時の伊藤智仁の場合、酷使が原因とされた。しかし、今回のストラスバーグはそうはならない。

 ストラスバーグは、メジャー流の徹底的な投球管理のもと、大事に育ててきたつもりだった。それでも金の卵は突然に壊れてしまった。これはナショナルズだけでなく、メジャーリーグ全体にとって、深刻な事態と言っていい。

 統計学を用い、選手の体を理詰めで管理する野球も意味はあると思うが、それだけではないのが野球である。酷な言い方になるが、自己管理をどこまで出来るか、“己を知る”ことが大事だったのではないだろうか。今回はあらためてそのことを認識させられた。

(いずれも敬称略)
By:ロン☆

Posted by ロン☆ at 09:53 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

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