2月29日から無観客開催が続いている中央競馬。7月19日まで延長することがひとまず発表されていますが、売り上げの落ち込みは予想よりも少なかったとか。上半期の売り上げは昨年より3%減っただけにとどまったとか。無観客開催が始まったころは前年同期比2割減で健闘と言われていましたが、ネット投票の会員が増えると売り上げが伸びて前年同期比の減り幅がどんどん小さくなりました。

競馬などの公営競技のネット投票会員は無観客開催が続くとどの種目でもふえていたようです。とりわけ中央競馬は大幅に増えたようで、GⅠレースの中にはネット・電話投票だけで昨年の売り上げを上回ったものもあったとか。馬券的妙味(どんな馬が出走して全体的なレベルはどれくらいになるか)で売り上げが大きく左右されるところがありますが、競馬というのが身近になったといえるのかもしれません。場外馬券売り場や競馬場で実際にお金を払って印刷された馬券を受け取ることに魅力があるという人もいるかもしれませんが、銀行口座から買った分だけ額が引き落とされ当たったらまた戻るというシステムに抵抗を感じない人も増えたということかもしれません。

野球やサッカーだと打球の音やベンチに控える選手や関係者の声など普通なら歓声でかき消されるような音が無観客試合で聞こえるようになりましたが、競馬では無観客だから聞こえる音はなかなかないような気がします。観客がいると「○○来い!」「××行け!」「来るな!」などの歓声が当たり前のように聞こえてきますが、無観客だと当然聞こえてきません。強いて言えば、放送各局の実況アナウンサーの声が漏れ聞こえるくらいでしょうか。某放送局のアナウンサーによれば、無観客開催になって他局の中継スタッフから「お宅のアナウンサーの実況、うるさい」と怒られたこともあったとか。野球でもあるチームの監督が戦術に関わるようなコメントが漏れ聞こえるようじゃ困ると抗議したなんてこともありましたよね。

馬券を握りしめる人が減るとしても、競馬場での観客の受け入れが始まればきっと歓声は戻ってくるはずです。一部の報道では中央競馬での観客受け入れは9月2週目になるのではと言われていますが、その日が来るのをとにかく待ちましょう。

では、また次回です。
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24日から行われる予定だった大相撲夏場所が新型コロナウイルス感染拡大の影響で中止になりました。本場所の中止は2011年春場所以来のこと。この時は引退勧告を受ける人が続出した八百長問題が原因でした。

今回と2011年の違いといえばテレビの対応にあるようです。2011年の場合は開幕予定2日前の3月11日に東日本大震災が発生。NHKではニュースや安否放送など震災関連の情報を終日放送する体制を数日間にわたって敷き、ほどなくセンバツ高校野球が予定通り開幕したため代替番組を編成する必要があまりありませんでした。しかし、今回はそうはいかないようです。平日こそ通常通りの編成で対応していますが、日曜日には3週連続の特番「大相撲特別場所-テレビ桟敷へようこそ」を編成することになりました。年末恒例「大相撲この1年」などの相撲ドキュメンタリーの再放送や現役力士のリモートインタビューで構成されたもので、24日放送の第1回は千代の富士・北勝海の2人が九重部屋の黄金期を築いた1987年と朝青龍が席巻した2004年の「大相撲この1年」と新大関朝乃山、力士会会長の鶴竜のインタビューなどが放送されました。2004年の「大相撲この1年」で白鵬が稀勢の里とともに初入幕して角界の未来を背負う存在として紹介されたのは印象的でした。

プロ野球同様、大相撲でもこういう企画はなかなかできないもの。貴重な時間ができたと考えればたのしいものかもしれません。昔の大相撲がどんなものなのかを振り返ってこれからのヒントをつかむというのもいい時間かもしれません。7月の東京場所が楽しみにするための時間として待ちます。

では、また次回です。
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新型コロナウイルス感染拡大の影響がまだ完全に収まらない日本国内ですが、日本より早く流行した日本以外の国では普通の生活が徐々に戻ってきているようです。スポーツの仕事もしかりで、先月の台湾に続いて5日からは韓国でもプロ野球リーグが開幕しましたし、ドイツでは今月後半にサッカーのブンデスリーガが再開する見通しになったとか。また、フランスでは近く競馬の開催が再開される見通しになっていると聞きます。

ただ、普通通りとはいかないようで韓国プロ野球もブンデスリーガも無観客開催なんです。ですが、それなりの工夫もあります。スタンドにはファンから募集した写真パネルが並び、メッセージボードも添えられています。韓国と台湾ではチアリーダーなどのパフォーマンスは普通通りにやっているそうです。少しでも普通に近づけるための努力はしているわけです。NPBでも無観客での公式戦開催が現実味を帯びていますがこれらの工夫もいいきっかけになるかもしれません。少しでも普通に近いところでプレーできることをただただ祈るのみです。

一方で24日に延期していた大相撲夏場所は中止になりました。3月の春場所同様無観客開催を模索していたようですが、4月に入って親方・関取含め6人の感染が判明し、政府の緊急事態宣言の適用期間が開催期間と被る5月いっぱいまで延長することになったのが中止の決め手になったとか。更に7月場所は2週間延期が公表されたうえ、会場が名古屋のドルフィンズアリーナ(愛知県体育館)から両国国技館に変更されるとか。700人近い協会員が一斉に移動するリスクを考慮したことと延期予定期間に別のイベントでドルフィンズアリーナがおさえられていたことが原因だとか。三密を回避できないと普通に近づけようとしても近づけない。ゴールデンウィーク中にやる予定だった静岡の日本選手権競輪も170人近くが集まる大会では…と中止が決まりました。

決して簡単ではないかもしれませんが、普通には近づいていることは確かかもしれません。では、また次回です。
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新型コロナウイルス感染拡大の影響でスポーツイベントがなかなか進まない中、アスリートたちがオンラインゲームによるeスポーツに挑戦する大会が海外で多く行われています。日本人も奮闘しています。

けがの影響で年明け苦しんだものの若手オールスターに選ばれるまでの活躍をみせているNBAウィザーズの八村塁選手は若手選手16人によるNBA公認のバスケゲーム大会に参加。トーナメントの1回戦を突破したものの、準々決勝で優勝した選手に敗れました。初戦突破した際には接戦をものにしたので八村選手が大喜びしていた様子がテレビ各局のスポーツニュースで紹介されていました。一方、サッカー日本代表の岡崎慎司選手はFIFA公認サッカーゲームのアジア大会に参加。マレーシア、台湾の代表選手と総当たりでの予選ラウンドが行われているそうです。岡崎選手はマレーシア代表の選手と初戦であたり、自分が所属するスペインのチームを選んだ岡崎選手が自らの2得点で岡崎選手の古巣チームを選んだマレーシアの選手に逆転勝ち。「自分の手が震えてどうなったかわからない」と興奮していたそうです。

メジャーリーグでは各球団の歴代名選手を集めたオールタイムベストチームとかつて存在した黒人リーグの選抜チーム、25歳未満の選手を集めた若手選抜チームの合計32チームによるシミュレーションゲームトーナメントが行われています。こちらは誰かがプレーするわけではなく、各チームのデータ解析によって戦われるというものだそうです。各球団のオールタイムベストチームにはマリナーズのイチロー、岩隈久志、佐々木主浩、レッドソックスの上原浩治、レイズの岩村明憲の各選手、若手選抜にエンゼルスの大谷翔平選手が選ばれました。しかし、チームの歴史が長く名選手が何人もいるヤンキースの松井秀喜、黒田博樹、ドジャースの野茂英雄の各選手などは選ばれませんでした。先に4勝したら勝ち抜けというプレーオフのような戦いが続く形式でやっていくということですが、マリナーズは初戦敗退したもののイチロー選手が4試合で8本のヒットを放つ活躍をみせたとか。22日のスポーツ紙を見る限りでは日本人絡みでいうと上原選手のレッドソックスが勝ち上がったそうで世界一に一歩前進したとか。

こういったゲームの戦いがせめてもの楽しみになれればいいかもしれません。では、また次回です。
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大相撲春場所が22日、無事千秋楽を迎えました。

横綱同士の結びの一番で優勝が決まるという展開になって白鵬が44度目の優勝。優勝を決めた後は無観客のため土俵下ではなくインタビュールームで、しかも髷を整えながら優勝インタビューを受けていたとか。更には表彰式の直前には八角理事長の挨拶、幕内力士全員集まる中行われ表彰項目が極端に減った表彰式の後はいつものように出世力士の手打ちと神送りの「閉会の儀式」も行われました。「閉会の儀式」がすべて終わったのは午後5時45分ごろ。NHKの中継枠はテレビ・ラジオ共に午後6時まであったため、珍しく最後までフォローできたわけです。実況のアナウンサーも「珍しいことに神送りの儀式もお伝え出来ます」なんてご丁寧にコメントしていました。

無観客自体異例のことですが、高校野球のように閉会式終了までテレビで見られるのも新鮮でした。それに観客の歌声が聴こえず、おそらくCDか何かの音源だったろう「君が代」のメロディも新鮮に聞こえました。でも、そんなことは毎回あるとは思えません。それでも最後までやり遂げられた、熱い取組がいつも以上に展開された、歴史に残る場所になったかもしれません。表彰式前の八角理事長の言葉が詰まったような挨拶にも表れているかもしれません。

歴史的といえば、富山出身者として111年ぶりの大関となった朝乃山。111年前といえば1909年、優勝掲額制度が始まり近代相撲の起点となる年で、その時に大関になったのはのちの横綱・太刀山。大正時代最高のスターアスリートと言われている人です。その年以来の大関は内容のいい相撲を11番並べたということで実現しました。初めはあまり盛り上がっていなかった大関どりは日に日に注目され、今様の言葉で言えば「バズった」ということで朝乃山は大関にたどり着けました。昇進の向上には母校・富山商高の校訓「愛」「正義」を盛り込んだとか。初心忘れず、太刀山以来の横綱へと期待したいところです。

では、また次回です。
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