ユンの部屋を出たリン・フン。

アパートの階段を降りながら,一人ウフフ…な微笑み。

この微笑みは,明らかに恋を知った者が浮かべる微笑みだ。

たった一晩のうちに,戸惑いや気まずさ,驚きや感動,共感やときめき…今まで経験したことのないくらいの感情を覚えたリン・フン。

おそらくユンに対して好意を抱き始めている自分に戸惑い,ユンの本質を知り,好きになってしまったと気づいたのだろう。

多分,出会ったときに抱いた印象とはまるで違うユンの,一晩のうちに見せた様々な面,ギャップを思い返しニヤニヤしていたのだと思う。

誰の曲か忘れたが,「嬉し恥ずかし朝帰り♪」という歌が聞こえて来そうな表情であった。

合鍵を作りに行った店で,奥に飾ってある象のキーホルダーに目を留める。

ぱおーん!!と鼻をのけ反らした象のモチーフのキーホルダーだった。

店員は「鼻を上げた象は幸運を運んで来るよ」と云う。

リン・フンはその象のキーホルダーを購入し,やはりウフフな微笑みでプレゼント用に包装してもらうのだった。

誰にあげるのかはバレバレですな(笑)。

その後は,買っておいた宝くじが当選したかを確認しに行くが,全滅であった。

だが,店番のオバチャンに,「宝くじにハズレると,恋に当たるんだよ」と云われ,またもやウフフ(笑)。

たった一晩で,キスどころか手も握ってはいないのだが,リン・フンが恋に落ちてしまったことがこれらのシーンで判るのだ。

場面変わって,高利貸し屋の女主人にユンが束ねた札を差し出し,「これで全部返したから」と云って,取り立て屋稼業から足を洗う旨,宣言。

何と,ユンは自分の持っている金目のものを全て売り払い,自分が妻と娘たちを心中に追いやった男の代わりに,借金を返済したのである。

屋上で一人嗚咽するシーンで,やはりユンがあの家族のことでは良心の痛みを感じていたことが判る。

あれだけ非情な取り立て業務を行っていたというのに,家財道具を売り払ってまで代わりに返済とは…

驚くと共に,ここで嫌な予感がしたのだった。

また,ユンはリン・フンを助けた食堂で昼飯を摂った際,「これ,こないだの迷惑料だ。すまなかったな」と云って金を渡す。

義理堅い…!!それに何気ない一言がひたすら優しい…!!

私もこういう人,好きだよ!!男気に溢れてるじゃないか!!

そのとき,店員から,「この間,これを忘れて行きましたよ」と云って差し出されたのが,リン・フンの鍵。

スパンコールを数珠繋ぎにしたものがついていた。

「劇団に入り初めの頃,舞台に落ちてるスパンコール(衣装の)を拾って集めてた…糸を通してキーホルダー代わりにしてるんだ」

そう話していたリン・フンの顔を思い出しながら,そっと受け取りポケットにしまいこむ。

早くあんな豪華な衣装を身につけ,舞台に立ちたい…そう思って懸命に下積み時代を過ごしたのであろう。

夕方,公演のため劇場入りしたリン・フンは,代役を勤めた俳優ほか劇団の仲間たちに謝って廻る。

皆,温かく許して迎えてくれるのだったが,ミー・チャウ役の女優は,「何だか…昨日までとは顔つきが違うのね」とズヴァリ。

かすかに顔を赤らめるリン・フン。可愛い…

その夜の舞台は,これまでのリン・フンが自分の演技に唯一欠けていたものをまさに手に入れたため,素晴らしいものとなった。

情感溢れるまなざしと歌声に,演技指導の爺ちゃんも舞台袖からリン・フンを観て涙を流している。

そのとき,劇場の外にはダン・グエットとソン・ランを納めたケースを背負ったユンが立っていた。

リン・フンのすすめる通りに,オーディションに来たのである。

すぐに劇場には入らず,何か大きな思いを込めて劇場の看板を見つめている。

チョン・トゥイー役のリン・フンの看板が映る,ユンの瞳がアップになったそのとき。

その瞳が大きく見開かれ,硬直した。

背後から誰かがユンを刺したのである…!!

崩れ落ちるように街路に倒れたユン。

刺したのは,ユンが過酷な取り立てで妻と娘たちを心中に追いやったあの男であった。

代わりに借金を返済したところで,こうなりそうな予感はしていたのだが…やはり当たってしまった(泣)。

ユンの倒れているところは映らず,街路の溝を流れる血と,程もなくして降り始めた雨がやがて大降りになる様がミルククラウンで表現され,血を洗い流してしまう描写であった。

救急車が来てユンは運ばれ,街路の血は雨ですっかり洗い流され…

中で舞台が進んでいる間に雨は止み,劇場前は素知らぬ顔で平常に戻ったのだった。

舞台はこれまでにない素晴らしい出来で,大喝采で幕を閉じた。

笑顔で劇場を出るお客たちは誰も,この劇場の前で人死にがあったことは知らずに家路に着く。

リン・フンは,ユンが必ず来てくれると信じて待ち続けるが,とうとう閉館時間になったため,ションボリとため息をつく。

ユンがくれば必ず座長に雇ってもらえると確信していた。

採用されたら渡そうと思って買った象のキーホルダーを, リン・フンはじっと見つめるのだった…

(完)
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夜の街からアパートへ帰って来た2人。

ユンが水浴びして出てくると,リン・フンが本棚を見ていた。

その中の1冊を取り出し,「この本,僕も好き」と笑顔を浮かべる。

この笑顔がまた可愛いんだな…こんな無防備な笑顔を向けられたら誰でも彼を好きになるだろう…ってなくらい,可愛い。

ユンのまなざしもふっと優しくなる。

同じ趣味を持った人間に出会えると嬉しくなってしまうからな…解る,解るよ。

何かもお,どんどんいい雰囲気になってきて,そのうちユンの兄貴が「辛抱たまんねえぇぇ!!」と絶叫しリン・フンをどうにかしてしまうのではないかと心配になった。

だけど,そんな心配は杞憂に終わった。

並んで頁をめくるうちに,リン・フンは,本の頁の間に折り畳まれた紙を見つける。

それはユンの父が昔書いた詩であった。

「いい詩だね」

そう云うリン・フンに,ユンは「この詩を即興で歌ってくれよ」と頼むのだった。

ユンは,劇場でのリン・フンの歌声に魅了されていたのだ。

「無理だよ。何か伴奏がないと…」

リン・フンがためらっていると,ユンはケースにしまってあったダン・グエットとソン・ランを取り出した。

映画の最中は,私はソン・ランとは弦楽器なのかと思っていた。

それが,違ったのだ。

興味があって調べてみたら,ソン・ランは打楽器なのだった。

父の形見であるダン・グエット(まさにこの弦楽器を私はソン・ランだと思い込んでいた)を構えるユン。

ペダルのついたカスタネットのような打楽器(これがまさにソン・ラン)で拍子を取りながら奏で始める。

リン・フンがその調べにのせて歌う,このシーンが凄くよかったのだが,かなり夜遅かったし窓も開けてたようだったんで,近所迷惑になりやしないかと他人事ながら心配してしまった(笑)。

この映画は無駄な,説明的な台詞が一切なく,たっぷりと間合いを取った主演2人の視線や表情,息遣い…などの演技でとことん魅せるものだったので,この夜少しずつ2人の気持が近づいてゆく様が本当に丁寧に描かれていたと思う。

ドキドキとも違う…胸の奥がじんわりと,何か温かなもので潤ってくるような感覚を覚えて,このシーンでは泣きたくなった。

歌い終え,ユンの腕前を手放しで褒め称えるリン・フン。

「凄いや…!!座長が君の演奏を聴いたら,スカウトするよ」

謙遜するユンだったが,自分もカイルオンの楽団の奏者になりたくて一生懸命練習していた時期があったので,嬉しさを隠せない。

「明日の公演が終わった後,座長に君の演奏を聴いてもらうから…劇場に来てくれないか?」

リン・フンはすっかり興奮しており,目が輝いていた。

ユンは返事こそしなかったが,かなり心が動いていることは確かだった。

いつの間にか寝ついた2人…

リン・フンをベッドに寝かせ,自分は床に寝るユン。

おそらく,ユンは本当に大事に思っている相手でなくてはベッドを使わせないのだろう。

セフレのおねいちゃんとは床の上でしかヤらない…というのを妙に思い出してしまった。

朝が来て,張り出し窓から外を眺めるリン・フンに,飲み物を差し出すユン。

細長い水風船みたいなものにストローが刺さっている飲み物で,多分ベトナムではポピュラーなドリンクなのだろう。

窓辺に並んでたたずみ,一緒にちうちう飲んでるところは可愛かった(笑)。

「今夜,絶対来てよね」

そう言って,部屋を出て行くリン・フンだったが,これが今生の別れとなることを2人はそのときは知る由もなかったのだった。

(続く)
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目を覚ましたリン・フンは,朦朧とした頭で起き上がった。

飲めない癖に飲んだビールたった2杯で,かなり酔ったらしい。

そして,すぐそばのソファーに腰かけてファミコンで遊んでいる憎き借金取りの男に気づいて飛び上がるのだった。

「よく一人で奴らに向かって行ったな。お前のこと見直したよ」

ユンは,頭を押さえるリン・フンに,生姜湯を淹れて差し出す。

生姜湯を淹れるヤクザですよ奥さん(笑)。

食堂での喧嘩を思い出し,さらに,時計を見ると22時を回っていたので,自分が舞台に穴を空けてしまったことを知ってリン・フンは愕然。

「お…起こしてくれたっていいじゃないか…!!」

「今から劇場に向かってもすぐに終演だ,このまま泊まってけ」

ファミコン画面から目も離さずに言ってのけるユンに腹を立て,リン・フンは部屋を出て行った。

だが,しばらく経ってから気まずそうに戻って来る。

部屋の鍵がないので探させてくれ…と言い,ベッドや床など必死で探すが,どこにもない。

さっきの食堂だろう…ということになり,すっかり気落ちしてしまったリン・フン。

自分の劇団の衣装に火をつけようとした借金取りの男の部屋に,今夜は泊まらざるを得なくなったのだ。

情けなかった。衣装からガソリンの匂いが漂う度にユンを思い出して腹を立てていたのだから。

仕方なく,張り出し窓に脚をのばして腰かけるリン・フン。

居心地悪げにションボリと黙っており,ユンのプレイするファミコンの音だけが部屋に響く。

このファミコンの音がまた(笑)…ビシ!!バシ!!グワシ!!ってな感じで,小さな音で流れてるのを聴いてるだけでもノスタル爺。

それが,ふとしたことから部屋の空気が変わることになる。

失敗してゲームオーバーになり「くっそぅ」とボヤくユンに,「アイテム取ってんのに,下手なんだね」とリン・フンが声をかけてくすりと笑った。

「何だよ…上手いのか?」

そこで,2人並んでゲームを始めるのだったが,まあ~夢中になっちゃって!!

その様子はまるで子供(笑)。

何となく仲良くなり始め,互いに口もきくようになったそのとき。

パツン,と音がして暗くなった。停電である。

そこで,2人は外へ出ることにした。

近くの麺屋で夜食。

それにしても,ベトナムの屋台や食堂って,食べるものがどれも美味しそうなんだよね~。

目の見えない老人の流しの歌手が,孤独な流浪の歌の弾き語りをしながらテーブルをまわってくる。

仕事柄か,しんみりと聴き入るリン・フン。

「何だか僕のことを歌っているみたいだ…」

そんなリン・フンに,ユンは,自分の母はカイルオンの舞台女優で,父は楽団のダン・グエット(ベトナムギター)とソン・ランの奏者だったことを打ち明けるのだった。

夜食の後はアパートの屋上で,互いのことをしんみりと語り合う。

母はある日出ていってしまい,父も早くに亡くなったユンは,父の奏でていたダン・グエットとソン・ランを自分も練習し,いっときはカイルオンの奏者になりたかったのだと言う。

一方,リン・フンは両親の反対を押しきって俳優になったのだが,頑張ってとうとう主役になったとき,両親も観に来てくれることになった。

だが,劇場に向かうバスが事故に遭い,両親共々亡くなってしまったのである。

孤独な2つの魂がそっと寄り添うかに思われたとき…

「あ…点いた」

停電が復旧したので,屋上からユンの部屋に戻る。

だが,ユンの部屋の前には,ユンの職場のセフレのおねいちゃんが…

「君の邪魔はしたくないから,帰るよ」

そう言うリン・フンをユンは「そんなんじゃ, ねえから」と引き止める。

このおねいちゃんの弟がユンにめちゃくちゃ憧れていて,友達と一緒に舎弟気取りでつきまとい,ユンのような取り立て屋になりたがっている。

友達と一緒に,返済出来ないある家にイキッて嫌がらせに行ったのだと知らされ,ユンはバイクで駆けつける。

後ろにリン・フンを乗せて。

ユンが来たのでますますイキッた坊主たちは,用意したペンキを壁にぶちまけてやるのだと言って見せる。

しかし,ユンにぶん殴られて叱られる。

姉さんを心配させるな,まっとうに生きろ,俺のようになるな…と諭すユンを離れたところからそっと見ていたリン・フン。

(何か…この人,実はいい人かも…)

リン・フンの目は,初めてユンと会ったときの強張った表情とはまるで違っておだやかだった。

帰り道,深夜だというのに路上で遊んでいる子供たちが何人もいて,皆が口々に「ユン兄貴だ」と声をかけてくる。

ちょっとだけボールを投げ返して遊んでやったりするユンに,「君は有名人なんだね」とリン・フンはにっこり。

何だか凄くいいムードで,夜の街を2人は帰ってきたのであった。

(続く)
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『ソン・ランの響き』のあらすじと感想,続けます。

翌朝も取り立てる気満々にて出陣するユン兄貴。

前日幼い姉妹をギャン泣きさせたお家へとGO竜馬。

しかし,様子が変…どうやら一家に何かあったらしい。

近所のオバサンたちの噂話から,一家の母親が殺虫剤を吸って自殺したことが判る。

病院に駆けつけると,父親が家族の亡骸にすがって大泣きしているところだった。

病院にいる人たちの噂話では,自分の病気のために夫が借金で苦しんでいることに耐えられなくての自殺だったことが判ったが,なぜか幼い姉妹までが一緒に死んでいることになっていた。

もしや心中…!?

だとしたら,身勝手な母親だが,毎日ユンのような冷酷な男から取り立てに遭うストレスと危険にさらすよりは…と思ってのことだったのか。

それにしても,大悲劇だ。

ユンはひっそりと教会に向かい,訪れる人も少ない中で祈りを捧げるのだった。

こういうシーンからも,やはりこの男はただのヤクザではなく,人間らしい心を持っているのだと解る。

その晩は,やはり前日訪れたカイルオンの劇場へGO竜馬。

だが,すぐに控え室に取り立てにはゆかず,金を払って入場券を買い,席に着く。

『ミー・チャウとチョン・トゥイー』という題名の,ミュージカルというかベトナム式オペラ?とでもいったような歌劇が上演されているのだったが…

敵国同士の王女と王子が愛し合いながらも引き裂かれる…というストーリーらしい。

この劇中劇がよく解らなかったのだが,ベトナムでは定番の演目なのだろうか。

パッと見,昔観た『さらばわが愛~覇王別姫』の中で登場する京劇のような衣装とメイクで役者たちが舞台に上がる。

そして,楽団の奏でる音楽と,役者が歌う曲,節回しが何とも独特で…この説明がひじょうに難しい。

とにかくノスタルジックで,どこか悲しい感じなのだ。

前の日に控え室で会ったリン・フンは主役のチョン・トゥイー王子。

ヒロインのミー・チャウ王女役の女優よりもずっと艶やかで美しいのだった。

こんなことを書いては何だが,この劇団,あまり若い人材がおらず,しかも美形なのはリン・フンだけのように見えた。

オッサンたちが真剣にアイラインを引き,まぶたや唇を塗って「濃過ぎるぞ」「いや,濃くない」などと言い合いながら舞台メイクをするシーンは結構笑えた。

劇に観入るユンは,子供時代のことを思い出すのだった。

ここで何と,ユンがカイルオンの舞台女優の子供であったらしいことが判る。

ミー・チャウを演じる美しい母に舞台袖から手を振ると,そっとウィンクを返してくれた思い出の回想シーンが…

その晩の公演は大成功。

幕が降りる際,リン・フンの歌声と演技に,惜しみない拍手を送るユン。

やっぱりこの男…実はいい奴なんだ(笑)。

それで,何とか女座長は前日の分の借金を返済。

リン・フンには金持ちの固定ファンの女性がおり,打ち上げの費用も惜しみなく出してくれるのだが,出席は礼儀正しく断り,舞台の後も歌の稽古。

演技監督の老人に新しい歌を聴いてもらうが,「お前はテクニックでは誰にも負けない。だが,まだどうも人間味が足りない」と言われてしまう。

「良い役者になるには人生経験を積むのだ。恋をしろ」

翌日,リン・フンが舞台の前に街なかの食堂で独り夕食を摂りながら座長の言葉を反芻し考え込んでいると,店員がサービスで果物を運んできた。

「役者さんですよね。これは店からの好意です」

それを見て面白くなかったのか,そばで飲んでいたぶさいくオヤジたちがリン・フンにからみ始めた。

相手にしていなかったリン・フンだが,酒をぶっかけられるとブチ切れ,飛びかかってゆく。

多勢に無勢のため, あっという間にボコられてしまうのだが,たまたま同じ店に居合わせたユンが酔客たちをコテンパンにのしてしまう。

さすが雷の兄貴…めちゃくちゃ強えっ!!

そして,昏倒しているリン・ユンをそっと抱き起こして店を出るのだった…

(続く)
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恋愛映画は苦手。

恋愛自体に興味がないため,観ても結局は他人事。

「若いってのはいいねぇ~」で終わってしまう。

だが,「ひとを愛すること」については常に真剣に考えているので,悲恋ものや極限状態の中で貫く愛の物語,そして,愛を知って変わってゆく人の物語は大好き。

今回書く『ソン・ランの響き』はベトナム製の,ポスターのキャッチコピーによれば「ボーイ・ミーツ・ボーイ」映画らしかったが,昨年秋に観た『第三夫人と髪飾り』,そして冬に観た『サイゴン・クチュール』が素晴らしかったので,何となく自分とベトナム映画との相性は良さそうだ…と勝手に決めつけ,観に行くことに決めた。

これが,大正解。大当たりだったのだ。

『クーリンチェ少年殺人事件』を観たときに感じたようなノスタルジア。

全体的に埃っぽくセピア色っぽい映像なのに,光と影のコントラストが美しく,観入ってしまう。

舞台は1980年代の,ホーチミンになる前のサイゴン。

ゲームショップのレジで無表情にビデオデッキを次々押収する男。

男はどうやら借金の取り立て屋で,返済出来ないなら代わりに持ってゆくぞということで,子分の若者に押収させているのだった。

店長は「勘弁してくださいよぉ~」と泣きっ面だが,男はふと,レジの上のソフトに目を留める。

「これですか?今日入荷したばかりで…金はいらないですよ,あげますよ」

そう云う店長に,「これと仕事とは別だ」と云って,男はきちんと金を払いソフトを購入する。

男は高利貸しに雇われている,「雷のユン兄貴」と恐れられる取り立て屋で,返済を渋る客には情け容赦なく暴力行使。

そんな非情な彼の楽しみは,ファミコン(1980年代だから!!)。

映画の冒頭では,ユンの仕事や生活について描写されている。

狭いが,居心地の良さそうなアパートに独りで住んでおり,小さなテーブルで酒を呑んだり食事をしたり,テレビに向かって夢中になってゲームをしたり。

たまに職場のおねいちゃんを部屋に引き入れセックスもするが,どういう訳かベッドではせず,床の上でしかしないので,「背中が痛い」と文句を言われる。

バスはついていないのか,洗面台で汲んだ水を頭からかぶってシャワー代わり。

アパートの屋上でシャドー・ボクシングをしたりタバコを吸いながらぼ~っとしたり。

ネオン(灯ってはいないのだが)のロゴマークによりかかって座るシーンは凄くカッコいい。

そんなユンだが,部屋の奥には父親の遺影が祀ってあり,朝起きたときには窓辺に置いてある鉢植えに丁寧に水やりをしている…

プライベートはそんなに荒んでいる訳でもなさそうだ。

ますますもって興味深い男なのだった。

唐突に,針金を曲げて作ったメガネをかけた幼女のアップが映る。

取り立て先の家が子供だけだったため,あがって待たせてもらっているのだと判る。

可愛い姉妹で,よく解っていないのか取り立て屋のユンを怖がるでもなく,妹は「学校の先生ごっこをしてるの」と説明し,姉は礼儀正しくお茶と果物を出してもてなしているのだった。

果物の種部分を切り取るために,自前のナイフを取り出したユンは,姉妹の食べる分を先に切ってから手渡してやる。

そんな優しいことをしていても無表情のままだが,実は結構子供が好きなんじゃなかろうか…と思ってしまった。

そこへ,姉妹の両親が帰って来る。

払えないと判るとユンがそこいらにある物を壊し始めたので,危険を感じた両親は姉妹たちに「奥の部屋に行ってなさい!!」と命じる。

驚いたのが,少し前まで一緒に穏やかに過ごしていた姉妹たちにユンが突進して行き,連れ出そうとしたように一瞬,見えたこと。

まだ小学校にも上がらない年頃の女の子をどうするつもりだったんだろ…!?

だが,わあわあ泣かれて思い直したか,父親にだけ暴行を加えると,「明日また来る」と言い捨てて引き上げて行った。

物騒で,だがどこか翳りがあって寂しそうな男なのだが,一度取り立てると決めたら本当に情け容赦ないのだと判る。

その夜,ユンは街の大衆劇場に足を運ぶ。勿論,仕事でだ。

カイルオンというベトナムの伝統歌舞劇の劇団が連日公演を行っているのだが,この劇場の佇まいがまた,よかった。

昭和の古い映画館のように,看板が写真ではなく絵なのだ。

役者たちの顔がずらりと絵で並んでおり,上演演目の看板も絵。

ユンが入って行ったのは控え室で,借金をしているのは女座長。

巡業では大赤字だったため,ホームであるサイゴンに戻ってきて何とか返済するつもりなのである。

「明日の公演が終わったら払えるから,もう1日待って」

そう懇願するのを横目に,控え室にあった衣装を次々ハンガーからむしり取って積み上げ,何か液体をふりかける。

そして,ポケットから取り出したライターに火を点けた瞬間,「何をしてるんだ…!?やめろ!!」と1人の青年が止めに入ってきた。

彼はこの歌劇団の看板役者のリン・フンといい,ひじょうに整った顔立ちの美しい青年であった。

ここで私はドキッとしてしまった。

というのは,若い頃の…私が好きになり始めた頃の円華さんにとても雰囲気が似ていたからだ。

顔も少し似ていたかもしれない。

ベトナムにあんなきれいなお兄さんがいるなんて…とびっくりしてしまったよ。

後で判ったことなのだが,リン・フンの役を演じた俳優さんは,元人気アイドルグループ出身。

どうりで美形だし,歌も上手いはずだと納得。

「衣装がなければ公演が出来ないわ…お願い」

必死で頼む女座長。

ここでまたしょうもない私は, 彼女の左顎に大きなホクロがあり,そこから思いッ切り,かなり長い毛が生えているのが気になって仕方がなかった。

でも,この映画を観た人はみんな気になったと思う(笑)。

リン・フンは自分の腕から時計と,そして首から鎖だけのネックレスを外すと,「今日はこれで勘弁して欲しい」とユンに差し出すのだが,ユンは受け取らずに「また明日,来る」と云って去ってゆくのだった。

これが,ユンとリン・フンの出会いであった。

(続く)
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