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タイトルは敢えて無し[2009年06月15日(月) ]

昨日、6月13日22時10分プロレスリング・ノアの三沢光晴選手が試合中の事故により亡くなりました。
たまたま、mixiを見ていたらニュースに意識不明で病院に搬送されたニュースを見て、間もなくそのニュースが訃報に変わりました。
自分にとって三沢選手は一言二言では語り尽くせません。
全日本プロレスの大量離脱後、超世代軍結成してからの鶴田選手や川田選手との死闘。

天才対決と言われた武藤選手との対戦。
思い出は尽きません。

残念ながら会場で生観戦したのは小橋選手の癌からの復帰大会のみでしたが、我々プロレスファンに多くの夢と感動を与えてくれた三沢選手に言葉では言い表せない感謝で一杯です。

どうもありがとうございました。
そして、お悔やみ申し上げますとともにご冥福をお祈りいたします。


さて、ここで今回のニュースを受けてひとつ考えた事があります。
多分、ほとんどの人が触れていない・・・と言うよりも敢えて触れていないのかもしれませんが、昨今のプロレス技の危険度です。
自分が最近観戦した中で一番危険と感じたのは2009年4月15日のドラゴンゲート後楽園ホール大会メインイベントでKGETORA選手が岩佐拓選手に決めた乾坤一擲です。
あと記憶に新しいのは2007年9月22日ドラゴンゲート大田区体育館大会メインイベントで土井成樹選手がCIMA選手に決めたマスキュラーボムです。
最近のプロレス技は脳天を直接リングに叩き付ける技が増えてきています。また、既出の技も危険度が増していると思います。
確かにプロレスラーは受身の達人であり、プロレスとは相手の技を受けきった上でダメージを最小限に抑えることが非常に重要なスポーツです。
今回の試合では斎藤彰俊選手のバックドロップを受けた後に意識が無くなったと聞いています。
その時に自分自身観戦していないのでわかりませんが、決して誰が悪いわけでもなくあくまで試合中の事故である事は明らかです。
ただ、あれだけ「受けの天才」と言われた三沢選手が事故を起こすくらいなので、かなりの危険度だったのではと思います。
お客さんが「もっと刺激を」となってしまうと必然的に技自体がきつくなってしまうのは仕方ないところなのかと思いますが、このまま技の危険度が増してしまうと『試合』が『死合』になってしまうのではないかと危惧しています。
これをきっかけに選手の皆様も技の危険度について考えるべきだとオレは思っています。
そして、受けるほうも少しでも怪我を抑えられるように受身の大切さを今一度考えていただけるようになればいちプロレスファンとしても嬉しい限りです。

ヒヤヒヤしながら観るプロレスなんて嫌ですから・・・。

Posted at 00:29 | その他プロレス関係 | この記事のURL | コメント(1) | トラックバック(7)

ごん太とプロレスB[2009年05月26日(火) ]

大変お待たせしちゃって申し訳ありませんm(_ _)m

え?待ってない?

失礼しやした

不定期連載コラムごん太とプロレスの第3弾です。
前回の予告で『ドラゲー貧乏秘話』等と書きましたが、よくよく考えてみたら貧乏になるほどドラゲー観戦してねぇなと思いましたので、今回は初観戦から遠征の話とドラゲー中心に(っつうかほとんどドラゲーしか観に行ってないのですが)話しが進むと思います。
まぁ、前置きはこれぐらいにしてはじめまぁす(^0^)


ごん太初の闘龍門生観戦は実はドラゴンゲートに変わってからでした。
お台場冒険王2004の「お台場毎日プロレス」が初観戦なのです。このときはプロレス初心者のツレが一緒だったのですが、速攻でハマってしまい、自分もやはり予想通りこれは今まで体験したことないプロレスだと驚嘆してしまいました。と、同時に何故もっと早く観に行かなかったのだろうと悔やんだぐらいです。

しかし、その頃はなかなか予定が合わずその後はまた翌年の毎日プロレスまでお預けになってしまいました。

そして、第一回KING OF GATE決勝の2005年12月27日後楽園ホール大会がドラゲー初の後楽園観戦でした。
それから去年の初め頃までドラゲー後楽園大会は毎大会ごとに観に行き勝手に皆勤賞を気取っていました(笑)

ドラゲーで初の遠征観戦も体験しました。2007年と2008年の神戸ワールド記念ホール大会やドラゴンゲートNEXの興行や2008年大阪府立第一体育館と遠征回数も徐々に増えてます(^^ゞ
特に神戸に遠征に行くときはサプライズが色々ありドラゴンゲートには感謝しっぱなしです。

最近はドラゲー以外にも西口プロレスやWWE等にも興味を持ち始め少しずつ幅を広げていきたいものです。

ただし、今の新日本や全日本やNOAHには興味が持てません。たまにテレビで見ますが、途中で眠ってしまう始末(^^ゞ

これからもドラゲー中心にプロレスを愛していく所存です。

ごん太






・・・な、なんと今回を持って「ごん太とプロレス」最終回を迎えてしまいました\(◎o◎)/!
自分の文才のなさゆえか細かくまとまってしまいました(笑)

でも、これからも「ごん太とプロレス」と称してドラゴンゲートに限らず、プロレスについて熱めに語りたいと思いますので、その時はどうぞ温かい目で見てくださいm(_ _)m

Posted at 23:59 | ごん太とプロレス | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

ごん太とプロレスA[2009年04月29日(水) ]

今日は何故だか眠れないヽ(^○^)ふぁ〜〜ぁ!

・・・こんな時はブログっしょ!!!って事で数日振りの連載更新!!今日は『ごん太とプロレス』第2弾です!!んじゃぁいってみよっ!




何度かの両国G1決勝観戦をした後、だんだん新日本プロレスが格闘技路線にいくようになり迷走をし始めた頃、ワタクシごん太は人生初のプロレス離れが始まりました。丁度1990年代後半頃だと思います。

その後も週刊プロレスなどでたまに情報収集をしていたのですが、その週刊プロレスを見て衝撃が走ったのが2000年のSUPER J-CUPでした。ライガー選手の優勝もさることながらその決勝の相手・・・そうCIMA選手に目がいってしまったのです。
多少、みちのくプロレスの記事などで見かけてはいたのですがあのSUPER J-CUPで準優勝をしてしまうほどの実力者だとは思いませんでした。
その後は週プロを買う理由が「闘龍門の試合レポートを見る」に変わっていました。「TV中継もやってないしいつかは生観戦をしたいなぁ」と想いを募らせていました。
そして、遂に生観戦の機会が訪れたのです。



・・・・はい、今日はここまで!今回は一時的にプロレスを見なかった時期なので年代が曖昧なところもありWikiとにらめっこをしながらの更新で少々疲れてしまいました(笑)インターネットって便利ですね?

さぁ、早くも終盤戦に差し掛かってしまいましたこの企画。次回最終回を迎えてしまうかもしれません(笑)
次回は何とか引っ張れるように頑張ります!!!
予定では次回は初の闘龍門(?)生観戦・・・そして、足しげく後楽園に通うようになってしまった悲惨なドラゲー貧乏秘話(?)をお送りしたいと思います。

おったのしみにぃヾ(≧▽≦)〃

Posted at 02:41 | ごん太とプロレス | この記事のURL | コメント(1) | トラックバック(0)

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